水素製造を低コスト化する、固体高分子型水電気分解向け卑金属電極

2025/06/10 14:42 - By Tech Manage

Summary

  • PEM型水電解のコストの課題を解決する、新しい電極素材を開発
  • 水電解アノード電極に、新開発の「高エントロピー合金」を採用
  • 卑金属元素でできた合金ながら、アノードの強酸性環境で高い耐久性を持つ
  • イリジウムなど貴金属を使わないことで、水電解の低コスト化に期待
  • 住宅や小規模施設で水素を自家製造・自家消費する新しい水素インフラを提案

Background and Technology

■高耐久・低コストの水電解アノード電極素材による水素社会のブレークスルー
水素社会の実現に向け、水の電気分解による水素製造(PEM型水電解)が注目されています。しかしその一方で、電解装置に使用される電極のコストと耐久性が、普及の大きな障壁となっています。
特に、強酸性環境下での酸素発生電極(アノード)には、**酸化イリジウム(IrO₂)**という極めて高価(グラムあたり2万円以上)かつ希少(年間生産量7トン)の材料しか選択肢がなく、これが大きなボトルネックです。
こうした課題に対し、筑波大学の伊藤良一准教授が開発した新素材を提案します。これは、Ti、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Zr、Nb、Moの9種類の卑金属を高濃度に混合した**高エントロピー合金(HEA)**によるアノード電極です。このHEA電極は、通常の卑金属なら瞬時に腐食してしまう強酸性下においても溶解せず、極めて高い耐久性を示しました。さらに、電源ON/OFFを1000回繰り返しても性能劣化がほとんど見られず、従来の卑金属では考えられないレベルの安定性が確認されています。

■多用途での高い実用性:純水不要、海水も対応
この電極素材のもつ高い耐久性は、電解に使用する水の面でも革新的です。水電解で一般的に用いられる「純水」ではなく、淡水や海水でも水素を生成することが確認されました。しかも、6000回の電源ON/OFF後でも初期性能の90%以上を維持します。これは、純水製造設備が不要になるだけでなく、離島や洋上風力発電施設といった水資源の選択肢が限られる地域でも、水素の地産地消が実現可能になることを意味します。

■Direct MCHⓇにも展開可能:トルエン耐性で長寿命
さらに注目すべき応用例が、水素の化学的貯蔵・運搬技術であるDirect MCHⓇです。これは、水素を電気化学的にトルエンに付加してメチルシクロヘキサン(MCH)とする手法ですが、従来の酸化イリジウム電極ではトルエンが電極表面にポリマー被膜を形成し、性能が劣化する問題がありました。しかし、今回のHEA電極はポリマー被覆がほとんど発生せず、長時間安定した性能を維持できることが実証されました。本技術が、Direct MCHⓇの実用化と普及を大きく後押しすると期待されています。

■地産地消型の水素利用モデルの実現へ
このような高耐久・低コストのHEA電極は、再生可能エネルギーと組み合わせた家庭・地域レベルでの水素生産にも適しています。たとえば、家庭や小規模施設に小型の水電解装置を設置し、水道水や海水を使って太陽光発電で水素を製造し、作った水素を燃料電池で電気エネルギーとして活用する――まさに水素の地産地消モデルが現実味を帯びてきます。長期運用によって電極性能が劣化しても、本技術は貴金属を用いず安価なため、定期的な電極交換によって高効率を維持できます。今後余剰が懸念される昼間の太陽光電力の新たな用途としても注目されるでしょう。

Expectations

■本技術を活用した水電解水素製造に関心のある企業様を探しています
水電解や燃料電池の電極素材を開発・製造・販売する企業様や、MEA(膜電極接合体)を開発・製造・販売する企業様はぜひ本技術の導入をご検討ください。また、水電解装置のメーカー様や水素エネルギーを事業とする企業様には、大学での技術開発をご支援いただけますと幸いです。

■筑波大学が保有する、水電解や燃料電池の素材開発に対する最新の設備を利用いただけます
電極素材を基材に塗布・塗装する設備や、水電解機能を評価する電気化学セル、セルを駆動するための高性能電源など、国内でも珍しい研究環境を、共同研究契約などを通してご利用いただけます。また、事業されるに当たっては、筑波大学が有する特許の実施許諾(ライセンス)を交渉できます。

Patents

出願番号:PCT/JP2021/035982(日本、米国、欧州、中国、豪州に移行済み)
国内登録済特許:特許第6934149号 

Publication

Researchers

伊藤 良一 准教授(筑波大学 数理物質系) 

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